桜新町商店街について

桜新町について


桜新町の由来 
桜新町という名前が初めて見られたのは1932年。かつて「玉電」の愛称で親しまれた東急玉川線の駅名として名付けられました。その後1968年の住居表示実施の際には町域を新町村・深沢村の区分から分離して、新町という旧名に桜をつけた「桜新町」となりました。
さらに時代を戻すと、この辺りは水が豊かな地域で、蓮畑が広がっていました。山には野ウサギやキツネやイタチが生息し、川ではウナギをつかみ取りができるほど自然豊かで、子どもたちの格好の遊び場だったといいます。しかし、土壌はあまりよくなかったために、田畑よりも竹林やクヌギ林が見られ、大正時代にはタケノコを販売して生計を立てている農家も多かったそうです。

まちと桜
まちには桜新町の名前由来にもなっている桜並木があります。大正初期、東京信託株式会社が桜新町(当時の新町・深沢)で分譲開発を行い、その記念として数百本の桜が駅前から日本体育大学付近まで植えられたことから歴史が始まります。その当時は「桜のトンネル」という愛称で親しまれ、花見の時期は多くの見物客が集まったといいます。しかし、関東大震災の影響で東京信託株式会社はこの地を離れ、徐々に住民の関心も薄れていきました。ある時は電線の邪魔になるという理由で、またある時は終戦直後の燃料不足のため桜の木が伐採をされてしまいました。
そんな桜ですが1980年。菅沼元治さん(元世田谷区議会議員)を中心に桜の植樹活動が進められ、駅前通りに5種類の八重桜が植えられることとなりました。それから30年余り桜新町商店街と世田谷区が協力をしながらまちの誇りとして管理を行っています。

桜新町商店街振興組合


商店街の発祥
関東大震災の復興が進んだ1932年ごろから商店街らしい街並みができ始め、新町二丁目と深沢四丁目に三和会が発足しました。そして戦後の混乱期を乗り越え1950年11月に三和会を解散させて、翌1951年4月に「肉は丸新」「二宮電機」「フジヤ」「万豊」といった店舗が中心となって「桜新町商店会」が結成されました。1971年の法人化に伴い「桜新町商店街振興組合」という現在の名称となりました。

集団就職の受け入れ地域として
高度経済成長期の1955年、働き手不足に陥っていた桜新町では全国に先駆けて集団就職の受け入れを実施しました。主に新潟の中学校を卒業した男女をまちの個人店舗などで雇用しました。この動きから集団就職という言葉が広く浸透をして全国各地でも行われるようになります。
最初は慣れない地域での仕事や親元を離れる寂しさなどに耐えられず、地元に逃げ帰ってしまう方も多かったようですが、桜新町の商店の方々はそんな中でも寝食を共にして、根気強く育てていったといいます。その後は寂しい想いをする人が少なくなるようにと商店街と一緒に「さくらんぼの会」を1959年に発足させ、旅行や習い事を企画することで親睦を図っていきました。
現在でも集団就職をキッカケに桜新町に訪れ店舗を営まれている方や生活をしている方は数多くいらっしゃいます。

サザエさんのまち
「サザエさん」の原作者として有名な長谷川町子さんは、生前桜新町で生活をしながら執筆活動を行っていました。戦争中の疎開先であった福岡から東京で暮らすこととなったときに桜新町の閑静なまち並みが気に入ったのだといいます。1985年に長谷川町子美術館が完成し、その後、長谷川町子さんの代表作である「サザエさん」をまちのシンボルにしようと、当時の商店街会長を中心に「サザエさん通り」をつくる企画が立ち上がりました。当初長谷川町子さんは「いつまで作品が続くのか分からないのだから」と通りに作品の名前が付けられることを懸念されましたが、商店街の熱い想いが届き、1987年に桜新町駅から美術館をつなぐ約500mの通りが「サザエさん通り」と命名されました。
現在もまちの至るところにサザエさんがいて多くの方に愛されています。


おまつり


さくらまつり
毎年4月に行われている桜新町の風物詩の一つです。このおまつりの始まりは1979年、駅前通りの八重桜の植樹準備が進められるなか開催されました。当時は道路を止めるのではなく、駅前の駐車場を使い抽選会やビンゴ大会などが行われる地域の中の人たちのおまつりでした。現在は、駅前を歩行者天国にして桜の下には商店街の各店舗が出店し、歩行者天国の中央にはステージが設置されて多くのイベントが行われます。駅前の桜の成長と共におまつりもどんどんと歴史を重ねて、今では桜新町だけではなく、桜を愛する多くの方が集まるおまつりとなっています。

ねぶたまつり
「ねぶた」といえば、誰もが青森を思い浮かべます。なぜ、東京・世田谷でねぶたなのかというと、はじめて桜新町でねぶたまつりが開催される6年前の1998年。桜新町商店街は、全国の商店街でいち早くホームページを作成しました。その時に視察に来ていたのが青森県浪岡町商工会でした。その視察をキッカケに互いに交流が始まり、2004年に桜新町商店街の50周年を記念して青森県浪岡町(現:青森市・藤崎町)からねぶたを誘致することになったのです。毎年9月に行われる桜新町のねぶたまつりでは、サザエさん通りと駅前通りを通行止めにして5メートルはあろうかという本場・青森のねぶたもまちを行き来し、また、サザエさんのねぶたがあることも特徴です。ハネト専用の衣装を纏い、ねぶたのまわりを飛んでは跳ねてまち全体が盛り上がります。
毎年ねぶたまつり開催時期になると今年は青森からどんなねぶたが届くのかと心を弾ませている方も多いことでしょう。

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